あなたの夢を叶えるたった1つの方法。

こんにちは。

チコちゃんの
「ボーっと生きてんじゃねーよ!」
にじわじわきている

元No.1風俗嬢ゆーきです。

 

コレだ、と思っては、
没頭して取り組む「パターン」を繰り返す、

そんな忙しい人生を送ってきたけれど、

 

実は、肝心なところはおろそかで、

「ボーっと生きていました」

 

頭を抱えて何度も嘆きたい。
昔のわたしにツッコミたい。

 

気づきの前と後とでは、
世界はがらりと変わり、

before&afterが笑い話に変わるのも、
もはや日常茶飯事になったけれど、

 

愕然とするような事実は、
最初はなかなか、
すんなりと認められるものではなかったです。

 

今では、
振り回ってばかりだった自分がとっても愛おしい。

そのひとつひとつが積み重なって、
今の自分がいるんだな、って思えるのはいいものです。

 

現状がどんなにいっぱいいっぱいで、
ひとりぼっちで震えるときも、
それは後に宝物になります。

 

今回は、
「誰でも自分のプロセスを宝物にできる」ことを、
お伝えしたいなと思い、

「夢を叶える」について、
お届けしていきたいと思います。

 

それでははじめていきますね。

 

あなたの「夢」の定義を決めること

「夢」という言葉は一般的に、
ふわぁっと漠然としたイメージや、
宇宙観を感じさせるような壮大なイメージ、
を抱かせるものが多いのではないでしょうか。

また、一般的に「夢」は、
「見るもの」と「叶えるもの」
で分けられることも多いと思います。

 

あなたは「夢」にどんなイメージをもっていますか?

 

果てしなさすぎて現実味を感じないもの、
でしょうか?

それとも、

実現すべき使命といった大きな目標、
が思い浮かぶでしょうか?

 

「夢」の意味づけはとっても大切です。

 

なぜなら、

 

あなたが
「何かに憧れ」
「それを叶えたい」
「そうなりたい」
「それを手に入れたい」

と思ったときに、

 

イメージしておしまい(手に入らない)、
にするのか、

具体的に動くのか(手に入れる)、
のか、

自分だけでなくさらに規模を大きくしていく
(自分と縁する人も、手に入れられるようにする)、
のか、

などなど、

 

あなたが抱く想いによって、
結果が変わるから
、です。

 

いつでも「想いと結果は同じもの」

これを覚えておいてください。

 

なぜ覚えておくとよいかというと、

「現状」は「ある想い」の結果である、
といえるからです。

 

何もないところからは何も生まれないので、

今あなたの現状が、
あなたの望んだものでないのだとしたら、

ある時点で思った「想い」を改めると、
現実が変わります。

補足
「想いと結果は同じもの」について、
もうひとつあるのですが、
話がややこしくなるので、
またの機会にお伝えしますね。

 

まずは、
あなたにとっての「夢」の意味づけがだいじ、
というお話しでした。

 

ちなみに、
ゆーきは「夢」をどう意味づけているかというと、

「望みを叶えにいく行動そのもの」

と思っています。

 

あなたはどんな風に「夢」を意味づけますか?

 

叶えるの意味は「やりきる」

では次に、
「叶える」について考えてみたいと思います。

 

「夢」という言葉が、
ふわぁっと漠然としたイメージや、
宇宙観を感じさせるような壮大なイメージ、
を抱かせやすいだけに、

それと対で使われやすい「叶う」また、
あいまいさのある印象を抱かせやすい、
のではないでしょうか?

 

あなたはどんな印象をお持ちですか?

 

「(何かが)叶った状態」
をイメージしていただくとわかりやすいのですが、

それは「ちょうど終わった状態」なんですね。

 

「お腹いっぱい」になったのは、
食べ終わった状態。

「好きな人に逢えた」のも、
逢うまでにすべきことをやりきった状態。

「セックスでイク」のも、
フィニッシュ。。は、
もう、まんま、ですね^^

 

「結婚」「離婚」も、
そのプロセス(法律上でいえば紙に書くだけ)を
やりとげたことで成立するものですし、

「大願成就」「ビジネス成功」なども、
そのプロセスの数が多かったり、
同じことを繰り返したり、
まとまった時間や専門家の力を必要としたり、
など、
はたから見ただけではわかりづらく、
さまざまな多くの要素があるなどの違いはあれど、
やはり「それらすべてをやりきっている状態」を指します。

 

たとえば「お腹いっぱい」など、
日常的にありふれた体感の場合、

「(お腹を満たすという)願いが叶った!」

といった感動はほぼほぼないのではないでしょうか?

そのため、
たとえばファスティング(断食)明けの最初の食事、
(主に重湯(おもゆ)だったりしますが)、

食べられる喜び、お腹が満たされる感動、は、
やってみた者でなければわからない、
ものがありますし、

高級食材などもまた、
食べてみた者でなければわからない、
という共通点があり、

高級食材の場合は、
日常的にありふれた体感ではないからこそ、
印象に残ったり、
満たされた感もひとしおだったりするのではないでしょうか。

 

このように、
「叶う」には『幸福感』という付加価値もついてきます。

 

「叶う」という言葉は、

身体の内側からほわぁっとあたためる
「気持ちのよいオーラ」を放っているな、

と感じたことはありませんか?

 

ゆーきはずっとそう思っていたのですが、

 

その正体は『幸福感』、

しかも、
「美しい」や「かわいい」など、
状態をあらわす言葉と違って、

成長、喜び、感激、達成感、など、
「自分で自分を満たす」幸福感、

なのですね。

 

何が言いたいかというと、

「叶える」=「やりきる」には、
自分で自分をしあわせにしてあげられる力があって、

どんなに小さな「叶える」であったとしても、
たくさんたくさん自分に与えてあげると、

自分のことが大好きになれちゃう、

というわけです。

 

自分のことがあまり好きではない人は、
おそらく、

失敗を恐れることも怖いけれど、
失敗することによる叱責(自責も含む)、
を怖れていることが多いでしょう。

それだったら、
何もやりきらない(なにかしらの結果を出さない)ままでいた方が、
安全でいられる、

という選択肢を選ぶからです。

 

ただし、

成長、喜び、感激、達成感、
などの『幸福感』を引き換えにして。

 

ここまでいかがでしょうか?

 

「やりきる」って、
ものすごい力を秘めていると思いませんか?

 

挫折はない、そこまで「叶えた」のです。

さて、ここで、

「叶える」、があるのなら、
「叶えられない」、もありますよね?

ということで、

挫折について考えてみたいと思います。

 

挫折とは、

取り組んでいたことをやめてしまっている状態、
心が折れて取り組む気力が萎えてしまっている状態、

といえます。

 

挫折感にさいなまれているときほど、
希望がもてなくて、
どうにもならない感満載、
になってしまうものです。

 

本当に、
あっという間に、
何年も年月が経過してしまうんですよね(遠い目)。

 

けれども、

「叶える」=「やりきる」

と定義すると、
面白いことが起こります。

 

挫折した時点での状態が、

たとえば、
全体を100としたときに30の進み具合、
だったとしたら、

 

30まではやりきった、
30までは叶えた、

 

と解釈が変わるんですね。

 

人は「欠けている(不足している)」ところに、
意識が向いてしまうようにできています。

 

夜空に浮かぶ三日月も、
全体の「まるさ」を把握しながら、
わたしたちは三日月と認識し、
三日月の美しさを感じています。

 

それと同じように、

 

人それぞれの個性の美しさに、
目を向けることができたらよいのですが、

また、
その人ごとのがんばりや成熟具合に、
好意的な関心を寄せられたらよいのですが、

 

世間一般的には、
まだそこまでの成熟度には達していないため、
(それでもずいぶん変わってきた実感はあります)

 

ある価値観からしか、
ものを見ることができない場合などは特に、

その価値観以外のものは、
すべてはじかれてしまう、

という事態に見舞われてしまいます。

 

世の常識や、
あなたが「当たり前」としている考え方を、
今の自分に当てはめることは、
本当に有効だろうか?
その選択肢に、真にメリットはあるのだろうか?
と自身に問いかけてみることは、
とても賢明なことです。

 

なぜなら、
思考停止したまま鵜呑みにすることで、
ダメージが深刻化してしまうことが、
十分ありえるからです。

 

また、ここで言うメリットは、
金銭的な損得にとどまりません。

より人生がよりよくなっていくのに役立つか、
今自分は何を受け止める必要があるのか、
など、

「今を生きる」ためのヒントが得られたり、
未来のための振り返りのタイミングとなったり、
という意味での、
はかりしれないメリットが、
こっそりと忍ばせられている
からです。

このメリットのことを、
ゆーきは「気づき」と呼んでいます。

 

コツは「またやる」「何度でもやる」

もし、今あなたが挫折してしまっていたとして、
(仮に、30までの達成だったとして)

 

本当にあなたが、

30を100にしたい、
少しでも100に近づけるようになりたい、

と望むなら、

 

またやればいいのです。

 

で、35の時点でまた挫折状態に陥った、
と認識したとしますよね。

 

そしたら、

「またやってみてもいいかもしれない風」が、
自身の中でそよいだタイミングで、

またはじめたらいいのです。

 

挫折、という言葉は、
足でいうと、くじいて折れちゃう、ですが、
わたしたちには「自然治癒力」がそなわっているので、
適切な処置と休養によって、
また動けるようになります。

それと同じしくみで、

何かに取り組んでいて挫折してしまったときも、
適切な処置と休養を取ることによって、
また動けるようになるのです。

 

 

ここで言う「適切な処置」と「休養」は、

「癒しと気づき」
「(叶えたいことを叶えにいく)考え方と手段」

といえます。

 

 

もうね、何度でもやればいいんですね。

 

朝起きて、夜寝るみたいに。

人によっては夜眠れなくて、
世間が活動モードに入ったらぐっすり寝て、
認識としては、「寝れない」「不眠で困ってる」。。
とかね(←昔こういうこともありました)

そういう個性的なスタイルを生きるみたいに。

 

みんな、繰り返してます。

誰もが「人生をやりきる」という、
壮大なお題を日々粛々とこなしていて、

平々凡々な人もいれば、
かなりドラマティックな人もいる。

 

そういった個々の設定はあるのですが、

 

自分にとって必要なら、
たとえ期間が空いたとしても、

『本来の自分』がちゃあんと、
「またやる」を選ぶんです。

 

みんな、それぞれ
「またやる」の内容は違うのだけれど、

そういうことになっているんです。

 

あなたにはあなたの、

「またやる」「何度でもやる」

そういうものがあります。

 

今回の人生で「することになっていること」は、
何度でもやれるようになっています。

 

そして、
何度でもやれる、のは、
気分的にとっても楽です。

 

それだけチャンスがある、

ということだから。

 

1回勝負だと、
プレッシャーに負けてしまう可能性を思って、
本気を出しきれないこともあるかもしれないけれど、

リラックスできて、
余分な力が抜けて、
視野が広がって、
回数を重ねるごとにコツも掴めてきて、

慣れてくるほどに、
よりよくしていこうという向上心や、
未知になことにチャレンジする意欲なんかも湧いてくる。

 

失敗、なんかでは決してなく、
ただの経験値の集まり。

 

たくさんの経験をして寄せ集めたものは、
とてつもない面白みを帯びたものになっていきます。

 

ぜひ、何度くじけても、
トライしてみてほしいな、と思います。

30もやがて100になります。

やりきったら、
『幸福感』という付加価値をも手にしています。

それぞれの段階での小さな「やりきった感」で、
“成功慣れ”もしています。

 

ぜひ、自分のペースをだいじにして、

望みを叶えにいく行動そのものをやりきってみてください。
(→ゆーきの想う「夢を叶える」です)

 

最後に余談ですが。。

 

なぜ、
叶えるまで諦めない、
叶えるまでやめない、
とお伝えしなかったかというと、

潜在意識は、
「単語しか受け取ってくれない」からです。

否定形はザルなんです。

諦める、とか、
やめる、とか、

がインプットされたら。。
あんまり想像したくないですよね^^

 

せっかく自らを洗脳させるなら、
人生が停滞してしまいそうなワードではなく、
もっとエネルギーが満ちあふれるようなワードを
選びたいと思いませんか?

 

あなたにとって心地のよい、
何の抵抗もなく潜在意識が受け取ってくれる言葉を
ぜひ選んでみてください。

 

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