癒しの本質は「受け容れる」

こんにちは、元No.1風俗嬢ゆーきです。

 

前回は、ゆーきのことと「癒し」について、
お話していきました。
「めいちゃんとのおしゃべり♡その1」

 

今回も、早速まいりますね。

 

めいちゃん

ゆーきちゃん、こんにちは。

前回いっぱいお話しできて楽しかったから、
また来ちゃった♡

ゆーきちゃん

めいちゃん、こんにちは。

今日はどんなことが聞きたい?

めいちゃん

前回、癒しを使わない、というのが癒しの本質、と言ってたじゃない?
それについてもう少し教えてほしいな、と思って。

ゆーきちゃん

うん、そうしましょう。

 

じゃあ、たとえばね。

めいちゃんは、どういう人が嫌い?

もし、「嫌い」という言葉が強く感じるようなら、
「苦手な人」とか「ちょっと距離を置いておきたい人」とかに
置き換えてもらってかまわないので、

ちょっと思い浮かべてみてもらえるかな?

めいちゃん

ん~~~~~無理。
ありすぎて。。。

めいちゃん

とりあえず思いつく限り言うけど。。。

ゆーきちゃん、めいのこと嫌いにならない?

ゆーきちゃん

大丈夫よ。
めいちゃん大好きだもん。

思いつくまま「本音」で話してもらえる方が嬉しい。

めいちゃん

わかった。ありがと。

じゃあ、挙げてくね。

めいちゃん
  • 本音で向きあう気のない人
  • 自分の外側ばかり飾り立てる人
  • デリカシーのない人
  • いい人ぶってて、腹の中で何考えてるかわかんない人
  • 何を聞いても「なんでもいい」と答える人
  • 目の前の小さな可能性を掴もうとしない人
  • でも、どうせ、だって、ばっかり言って動かない人
  • 愚痴を言うばかりで現状を変えようとしない人
  • 自分の価値観を押しつけてくる人
  • コミュニケーションが雑な人
  • かまってちゃん
  • すぐ卑屈になる人
  • 人のことを試す人
  • パワハラ、モラハラ、etc.な人
  • 自分のせいにする人
  • 人のせいにする人
  • マウントしてくる人
  • 無責任な人
  • 自分勝手な人
  • すぐキレる人
  • 空気読めない人
  • まわりが見えない人
ゆーきちゃん

わぁ、いいね♪

ゆーきちゃん

めいちゃんはすごいね。

自分自身の本音とちゃんと向き合えるって、
とってもすごいことなのよ。

めいちゃん

そうなの?

全然そんな風には思えないよ。

ゆーきちゃん

たしかにそうかもね。

でも、それが今のめいちゃんの真実なんだから「いい」のよ。

めいちゃん

ふーん。
よくわかんないけど。。そうなんだ。

ゆーきちゃん

じゃあね、今度は、

今挙げたのを全部ひっくり返してみたら、
どんな感じになりそうかな?

めいちゃん

うーん。。ちょっと待ってね。。。。。

 

。。。

。。

 

  • 本気で向き合う人
  • 自分の内側の美しさを生きる人
  • 相手の立場に立って思いやれる人
  • 自分の望みをちゃんと伝えられる人
  • 些細なことからもしあわせを見出してく人
  • 言い訳の代わりにできることからはじめる人
  • 弱音を吐きながらでも一歩一歩進んでく人
  • どうぞちゃん
  • ニュートラルでいる人
  • 期待の外側を楽しめる人
  • 期待の外側を楽しめる人
  • 対等に接する人
  • 自分の理想のために妥協しない人
  • 誰のせいにもせず、よりよい答えを探し出す人
  • それぞれの価値を尊重できる人
  • 自分自身に対して誠実な人
  • 提案上手な人
  • 自分に素直な人
  • 受け取り上手な人
  • コミュニケーションを生かす人
  • あえて空気を読まない人
  • 集中モードになれる人
  • 「全部バレてる」と自覚できてる人

 

ふぅ~。

ゆーきちゃん、こんな感じでいい?

ゆーきちゃん

めいちゃん、お疲れさま。

やってみてどうだった?

めいちゃん

つかれたー。

ゆーきちゃん

だよね(笑)

あとは、何か感じたこととか気になったこととかあった?

めいちゃん

えーとね、「ひっくり返す」って必ずしも、

するをしない(しないをする)に変えるだけじゃないんだなぁ~、って。

簡単じゃないところが、逆になんかおもしろかったかも。

ゆーきちゃん

そうなのよね。

 

「どちらでもないところに答えがある」というのは、

ものすごくいろんなところで生かせることで、

 

これを言い換えると、

「うまくいく可能性」を高める力、と言えるの。

 

これを持ってるのと持ってないのとでは大違いで、

持っていない場合は、

2択のどちらでもない場合に、困り果ててしまって、
諦めてしまうよりほかない生き方になってしまいやすいの。

 

だから、めいちゃんは、

そのどちらでもない『本来の望み』自体に
意識を向けられる人、ということなの。

すごいと思わない?

めいちゃん

へぇ~、そうなんだ。

いつもそんな深くなんて考えてられないけど。。

でも、やっぱ嬉しいかも♡

ゆーきちゃん

よかった。

 

じゃあね、今度は

「ひっくり返した方のリスト」だけ見てみて。

 

何か感じることはない?

めいちゃん

んとね。。。

自分自身への信頼?、なんかそういうのを感じる。

あと、自分の外側のことに振り回されてない、感じ。

そっか、自分軸がしっかりあるから、ブレない穏やかさを感じるのかも。

ゆーきちゃん

うんうん。

じゃあね、その「感じ」を思ったときに、どんな感じがするかな?

受け容れられそう?

めいちゃん

んーーー、けっこう違和感あるかも。

なんか、「自分の嫌いなとこ」しか出てこないんだけど。。

 

  • 何気に逃げちゃってることよくあるし、
  • めんどくさいの嫌だし、
  • すぐ人のこと「いいなー」って思って、落ち込んじゃうし、
  • できる人ぶって、後から「しまった」ってなるし、
  • 自信あるときとないときで態度変わっちゃうし、
  • ぜんぜん素直になれないし、
  • 無駄にがんばって、「あほくさ」ってなることよくあるし、
  • 夢中になってるときに否定されると萎えちゃうし、

 

なにこれ、全然だめじゃん。

ゆーきちゃん

うんわかる、その気持ち。

じゃあね、めいちゃん、
ちょっと違う質問。

「違和感の正体」って何だと思う?

めいちゃん

え、そんなの今まで考えたことなかった。

んーと。。。

あ、わかった。

「自分のこととは思っていない」ってことだ。

ゆーきちゃん

うんうん。

じゃあ、それってどういうことかな?

めいちゃんの感じたままに答えてみて。

めいちゃん

うん、わかった。

めいちゃん

「自分のこととは思っていない」のは、
受け容れてはいけない、と思ってるから。

受け容れないでいる方が楽なんだ。
めいもみんなも変わらなくて済むから。

変わろうとするときって、
なにかしら揉めごとが起こったりするじゃん。
誰かが邪魔したりするじゃない?

そういうめんどくさいのは嫌なの。

それに、そんな理想を生きれたら誰も苦労しないよ。

ゆーきちゃん

じゃあ、

めんどくさい揉めごとが起きなかったら、
めいちゃんの違和感はなくなりそうかな?

ちょっと思い浮かべてみて?

めいちゃん

めんどくさい揉めごとが起きなかったら、
そのわずらわしさはなくなるんだけど。。

違和感の方はなくならないや。

なんでなんだろ。

ゆーきちゃん

そしたら、

今度は「理想を生きなくていいよ」って言われたのをイメージしてみて?

違和感の感じはどんな風になるかな?

めいちゃん

ゆーきちゃん、違和感なくなった!

え、なんで?

ゆーきちゃん

そっか、よかった。

違和感ってもやもやして気持ち悪いもんね。

ゆーきちゃん

今、めいちゃん、ピースがはまったんだけど、

それが何かわかるかな?

めいちゃん

え、なんだろ?

 

ゆーきちゃんに「理想を生きなくていいよ」って言われて、

「そっか。(理想を生きなくて)いいのか」って思った。。んだよね。

 

そっか、めいは

「理想なんて生きたくない」って思ってたんだ。

「理想を生きなければいけない」って思って苦しかったから、

苦しいから「理想なんて生きたくない」って。

 

だから、

「ひっくり返した方のリスト」を見たときに違和感を感じたんだね。

 

それで、

ゆーきちゃんに「無理なんかしなくていいよ」って許されて、

ほっとできた。

めいちゃん

えー、でも「理想なんて生きたくない」が許されてほっとしちゃうなんて、

めっちゃ意識低い系じゃない?

なんか落ち込む。

ゆーきちゃん

うんうん、そうよね。

落ち込むって自然なことだから、
落ち込みたいときは落ち込めばいいのよ。

 

これもね、

「理想を生きなければいけない」と思えば思うほど、
その逆になってしまうのと同じで、

 

「落ち込んじゃいけない」と思いながら落ち込むから
よけい落ち込むのね。

 

ここは「素直に」めっちゃ落ち込んでおくのがよくて、
その理由は、そのあとの浮上もしやすくなるから。

 

ところで、最初より余分な力が抜けたように見えるんだけど、どう?

こういうのは個人差があるから、
あんま変わらないこともあるのだけど。

めいちゃん

たしかに、チカラ抜けた。

気が楽になったし、身体もちょっと軽いかも。

 

「許さない気持ち」があるから、
どんどん苦しくなっちゃうんだね。

「許せる気持ち」に変わっちゃうと、
嫌だな、って思ってたことも、
「是が非でも避けなきゃ!」とか思わなくなるね。

不思議ー。

ゆーきちゃん

「許さない気持ち」が、感覚として「違和感」
(もっと強い感覚になると「嫌悪」「拒絶」)を生み出すの。

 

なぜ、最初弱い認識かというとね、
傷ついたことは思い出さないよう麻痺させているところがあるから。

 

自覚することも、
何度も思い出すことも、
四六時中そのことばかり考えていることも、

 

その傷つき体験を「再生」していて、

 

脳は「今しか認識できない」から、
「再生する」ということは、
今まさにリアルに傷つき体験を味わっている、

ということなの。

 

だから、
潜在意識の奥の方に記憶を押し込んで、
麻痺させてなかったことにする、
というのはありふれたことなの。

四六時中傷つき体験を味わい続けて、
正気の沙汰じゃないもの。

麻痺させることで、自分で自分のことを守っているのね。

 

話を戻すね。

 

「許さない気持ち」も「許せない気持ち」も、

 

受け容れることで、

 

まだぜんぜん許したいと思わないときも、
許したいけどまだ許せない、という葛藤状態のときも、

「今の自分を受け容れることができる」の。

ゆーきちゃん

「今を生きる」っていうのは
「今の自分を受け容れる」ということ。

 

過去を思って後悔したり、
未来を案じて不安に駆られてみたり、

しているときは、

 

自分のことを許していない自分をまだ受け容れていないとき

 

そして

 

今のそのままの自分を受け容れることが、

唯一の「今に還れる方法」なの。

 

 

ところで、さっきね、

めいちゃん「意識低い系」って言ってたけれど、

意識高い、ってどんなイメージがあるの?

めいちゃん

なんかいろんなこと知ってて、
リーダーシップとかもあって、
たくさんの人に憧れられちゃってる人、かな。

人を惹きつける力がある人って、
崇拝させちゃうの得意だったりする。

スピとかでそういうの見かけるからかな。

魅力的な人=意識高い系

みたいに思ってるところはあるかも。

ゆーきちゃん

そうね。

一般的にいわれる「意識高い系」のイメージね。

 

たとえば「自分の理想を生きる」と思ったときに、

意識高い系なことが果たして役に立つだろうか?
自分を後押ししてくれるだろうか?

と考えてみるといいかもしれない。

 

もちろん、
自分が想う「すごい」を体現している人を見て、
崇めてしまうのもアリだけれど、
(自分とは違う、受け容れない意識←「違和感」のときと同じ解釈ね)

崇めている人のコピーになりたがるのではなく、

 

いかに自分にぴったりのものを「自分が」つくりだすか、いう方が、

たぶんめちゃくちゃおもしろくて、

魅力を感じると思う。

 

「自分にしかできないことがある」からね。

 

それには「自分に素直になる」のはホント鉄則で、

 

受け容れられないものを受け容れていくことが、

今の自分を知り、今の自分の望みを知り、
何をするのかを知り、誰の力を借りるのかを知る、助けとなってくれるの。

めいちゃん

そっか。

「ひっくり返した方のリスト」にあるような生き方ができている人は、
自分の許せないものを受け容れるようにしてきた結果
を生きてるんだね。

そういう人は、「自分に素直になる」をずっとやってきて、
まだ「自分に素直になる」のがうまくない自分からすると抜きん出ているから、

あこがれて当然。

でも、やっていることや見せ方の真似をするのではなく、

「エッセンスの部分」を真似して、
(自分に素直になり、日々、自分の許せないものを受け容れる、を継続していく)

「自分にしかできないこと」を現実世界につくってしまえばいいんだね♡

ゆーきちゃん

そう。

そうなると、
「どういう人が嫌い?」の質問で挙げてもらったリスト、
アレを見たときに、あれ?ってなってくはず。

 

どういうことが起きるのかというと、

 

依然としてリストに挙げたような人は世の中にいっぱいいるわけだけれど、
めいちゃん自身がそこに反応しなくなる、ということが起こるの。

あんなにいっぱいあった項目がものすごく少なくなるの。

おもしろいと思わない?

めいちゃん

そうなの!?

あれ、挙げるのホント大変だったんだよ。
うえーって何回もなったもん。

めいちゃん

それってアレかな?

さっきゆーきちゃんが言ってた「ピースの話」?

ゆーきちゃん

そうそう。
「ピースがはまる」。

 

嫌いなものと好きなものは、ものごとの表裏だから、
受け容れてしまえば安定して騒ぎ立てなくなる(反応しなくなる)の。

 

好きなものも同じ考え方で、

 

一般的に、好きのほうは「いい感情っぽいもの」(何も問題ない)とされがちなんだけど、
やっぱりそこには表裏のもうひとつの側面があるもの。

なぜ好きなのかを深掘りしていくと、その真逆のものをみつけることになる。
まぁ、好きこのんでやる人は少ないと思うけれども。

 

好きも嫌いもあることで、

わたしたちは自分自身を知ることができて、
今回の人生、自分がここに何しに来たか、を教えてもらえてたりする。

好きと嫌い、そのどちらも同じ価値があるのよね。

 

そして、

どう生きるかはもうその人次第でしかないから、

きっかけがあっても諦め続ける人はそのように生きていくし、

どん底だったり崖っぷちだったりして、
「これ以上後がない」という場合は、
可能性の見出せないようなところからでも「何か」を見つけ出して、
自分をよりよく生かすのに必要なことを積み上げていく。

 

この違いを分けるのが「いかに自分を受け容れるか」だなと思ってます。

 

人生を「癒し」に変えてしまえば、何をしたって世界は優しいのだから。

めいちゃん

誰かに想う嫌いは、
自分の中にいる「その人の特性」を受け容れてないんだものね。

それが変わるっていうことは、
自分のことが好きになれる、ってこと。

 

いいなぁ~、もっと自分を好きになりたい!

 

「素直」なままだと無防備すぎて、
傷つけられそうで怖くて、
つい素直でいられなくなっちゃうけど、

 

許せないものすら受け容れていく「素直さ」

 

これ少しずつやってみようと思う。

ゆーきちゃん

うん、ぜひ♡

めいちゃん

ゆーきちゃん、今日もどうもありがとう♡

なんか「自分のことが好きになって、人生が変わっちゃうお話」だったね。

いいクリスマスプレゼントになったな。

ゆーきちゃん

そっか、今日はクリスマスイブ。

めいちゃん、今日もありがとうね。

メリークリスマス♡

めいちゃん

メリークリスマス♡

 

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