自分を愛すると、母にも許しがもたらされる。

ゆーきちゃん
こんにちは、元No.1風俗嬢ゆーきです。

今日は短いです。

ちょっと嬉し。。いや、かなり嬉しかったことを書きます。

 

母とのちょっとしたやりとりです。

 

昔は責めていた。わたしも母も。

「何も教えてないのに、全部わたしと同じことやる」

という母のセリフを、
これまで何度も耳にしてきました。

 

なんだか責められているようで、
そのセリフを聞かされるのが好きではありませんでした。

 

のちに、
ノンバーバル(非言語)のことの方が、
潜在意識に刷り込まれやすいと知り、

そのセリフを聞いても
「そりゃそうだよ、そういう風にできてるんだもん」
などと思っていました。

 

母はなぜそういうことを言いたくなるのか、

当時はまったく意識を向けることができませんでした。

 

わたしも、そのセリフを聞くたび、身体が凍りつき、

「わたしのままでいてはいけないんだ」
と思うようになりました。

何度も聞かされるたび、

「わたしのままでいてはいけないんだ」
も強化されていったように感じます。

 

とにかく自分を好きになりたかった。

自分が望んだときしかわからない

メンタル豆腐、というワードは、
かなり経ってから知った言葉で、

それまでは、

すぐ塞ぎ込む自分、
それをどうしたらいいかわからない自分、

を持て余していました。

 

最初のお店に所属していたときにお客さまからいただいた本
「心の処方箋」(河合隼雄)も、
なんでそれをくださったのか意味がわかっていませんでした。

2つ目に所属していたお店のときにお客さまからいただいた本
「地球が天国になる話」(斎藤一人)のときも、
まだあまりピンときてなかったと思います。

 

ものごと何でもそうだけれど、

与えられて「もらえるとき」ってわからないものなんですよね。

逆に、

自分が欲しいと思って手を伸ばしたときに「もらえるとき」って、

その価値も、なぜ必要なのかも、ものすごくよくわかるんですよね。

 

「癒し」に携わる原風景であり原点

いろいろが高じて、今わたしは、

ヒーリングサロンの経営を経験し、
その後、鍼灸あん摩マッサージ指圧師という3つの資格を取得、

ただの『癒しをする人』をライフワークとしているだけなのですが、

 

そのきっかけとなったのは、

風俗嬢のお仕事でボロボロになった身体のメンテをするために、
近所で揉んでくれるところを探したこと。

 

結局、そこは「揉んでくれないところ」だったのですが(笑)

まさにわたしの人生を変えた治療室だったんです。

 

カイロプラクティック
鍼灸
アロマ
フラワーエッセンス
クラニオセイクラル
オステオパシー
筋膜リリース
光線療法
超音波療法
カウンセリング
etc.(あーもういっぱいありすぎて書ききれない)

 

そこでは、
身体を整える、という目的だけでなく、
「存在まるごとを受け容れられている」脱力感みたいなものを
得に行っていた
ように思います。

これがわたしの「癒し」に携わる原風景であり原点です。

 

触れると「生きはじめる」

でもひとつ違ったのは、
治療ではなく「癒し」がやりたかった
ということ。

 

なぜなら、

人は触れると勝手に自己治癒していくから。

触れるとその先の「生きる」をはじめていくから。

 

わたしは、治療ではないんだな、と思いました。

(治療の価値も恩恵も、散々治療を受けてきたので、
体感としてよくわかっているのですが)

 

人の「生きたい」が見たかった。

それは、

わたしが「生きたかった」ということだと、後で知りました。

 

母の愛は海よりも深い、のと同じくらい
娘の母への愛も海より深い。

「何も教えてないのに、全部わたしと同じことやる」

何かのやりとりをしているとき、
久しぶりに母がそのセリフを言いました。

「そうなんだよね、○○(妹)よりもわたしの方が似てるんでしょう?」

うなずいた母に、

「じゃあ、めっちゃ大変だったでしょう。
わたしめっちゃ大変だったもん(笑)」

と言ったら、

母はこんな風なことを言いました。

「そんな風に受け取れるなんてえらいね」

そんな返しがくるとは思ってなかったから、
↑上記の印象しか残っておらず、
ちゃんとしたセリフは失念(めっちゃ残念)。

 

「だって、ずっとわかりたくて、
ずっとこんなことばっかりやってきたんだもん」

 

と返して、

そっか、そういうことか

と思った。

 

何がそういうことかというと、

わたしは自分の探求のためにやっていたし、
自分を好きになりたかったからやっていたし、
どう生きていっていいかわからなかったからこれしかできなかったし、
探求したところで何がどうなるかも実はよくわかっていないし、
いまだにうまく生きれてるかと言ったらそんなこともないのかもしれないし、

といった具合で、何も確証的なことなどないのだけど、

自分のことを好きになれるかどうかはわからないけど、
「癒し」のことに取り組んでいるときに幸福度が高い、
ということだけはよくわかる。

 

あと、母とのやりとりで気づいたのは、

母が自分自身を肯定していなかった、ということ。

それがふいに、
許され受け容れられるできごとに遭遇したことで、
母のこれまでの「わたしみたいなところ」を
許し受け容れることができた、ということ。

 

きっと、母も母(私にとってのおばあちゃん)に、
「何も教えてないのに、全部わたしと同じことやる」
みたいな、

自分のやっていることを責められている、と感じるようなこと

を言われてきたのかもしれません。

 

で、おばあちゃんもおばあちゃんのお母さんに、
そう言われてきたのかもしれないのです。

 

「パターン」はノンバーバル、
たやすく連鎖します。

どこかで癒さないと、
それは無意識のままに次に手渡してしまう。

 

責めても何も変わらないから。
(責めたければいくらでも自由に責めればいいのだけど)

 

いつだか、紫微斗数をやっていた方に、
「本当の先祖供養は自分を癒すことだ」
と伺ったことがあります。

考え方はその人それぞれで、
それが自然だと思うのです。

 

けれど、わたしはそれを聞いていたく納得できたこともあって、
じゃあそれ全部わたしがやるからね、
くらいに思っていました。

 

どこかのタイミングで、
誰かが「自分」を癒せば、
そこで自分をしあわせにしないパターンの伝承が終わるのなら。。と。

 

そこから10年近く経ったんじゃないかと思います。

下手っぴながらでも、
そんなことばっかりやっていったら、
何かが変わってきます。

 

その変わったことが、自分が望んでいたこと。

 

わたしの場合は、
母のことがわかりたかった。

「なんであんなにイライラしていたんだろう」

幼少の頃はその理由なんてわかるはずもなくて、

のちに状況的なものを聞いても全然しっくりこなくて、
やがて意識レベルの話だとわかって、

嫌いすら受け容れていくことで、
今の自分に還れるわけだけれど、

あともう一押し必要だったりして、

それが「触れる」こと、だと思っています。

 

触れるは、肌と肌直接触れることに限らず、
意識と意識を合わせるみたいなことも含めて。

 

人は自分自身にまっすぐ意識を向けられたら、
そこから逃げることは難しい。

なぜかというと「受け容れられているから」。

「受け容れられる」って実は怖いことで、
逃げ出したくなる。

愛と怖れが表裏だということが、
見つめ合うことでわかると思います。

 

クリスマスに母とこんなやりとりができるなんて、
なんてしあわせなんだろう。

 

「おかあさん」を超えるパワーワードはないんじゃないか、と思っていて、

欲しても怖いから近づけなかった幼少時、

気を遣うと(腫れ物触るみたいな感じになって)うまく通じ合えなかった長い年月、

ずっとずっと模索し続けて、いま、みたいな。

 

このくらいほどけてきてやっと、

「どれだけ愛されてきたんだろう」ということがわかってきました。

 

涙が出てくる。

 

わたしも

「どれだけ愛してきたんだろう」ということを、

ほんの少し自覚できた気がした夜のこと。

 

にほんブログ村 大人の生活ブログ 風俗嬢日記(ノンアダルト)へ
このブログを投票する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です