むちゃくちゃだったことも、しあわせだったからいいよね。

ゆーきちゃん

こんにちは。元No.1風俗嬢ゆーきです。

先日、お友だちとのやりとりで、

ちょっとしたきっかけで価値観は変えることができる

とわかって嬉しかったんですね。

 

行動としては以前からやっていたことであっても、
実感を伴わないとなかなかそのことに気づけないもの。

 

自分のことなのに気づけないって、
なんだかおかしなものなのですが、

 

今回はその話をしてみようかなと思います。

 

原動力は「あなたを知りたい」

きっかけは、
「好きな人と仲良くなるためにギターにチャレンジした話」をしたこと。

 

たとえば、

あなたの好きになった人が、
まだそれほどあなたに心を開いていないとき、

 

あなたならどうしますか?

 

「どうしたら心を通い合わせられるだろう?」
と思ったとき、

 

そのときあなたは何をしますか?

 

わたしはけっしてコミュニケーションが得意とはいえません。

 

だからこそ、

「あなたのことが知りたい」
「心を閉じてる理由すら知りたい」
「あなたともっと深い部分から仲よくなりたい」

その想いも強いのかもしれません。

 

小手先のテクニックなどもできる気がしません。

そもそも小手先のテクニック自体よくわかっていないくらいです。

 

そして、
自分全部を「ドボン」と浸かり込ませるような、
ぶきっちょなやり方くらいしか
思いつかないわたしがやってみたのが、

 

【相手の趣味をかじることで
仲よくなるきっかけをつくる作戦】

 

でした。

 

その音色にハートを撃ち抜かれて、
ヤイリというメーカーの、
女性でも抱えやすい一回り小さいアコースティックギターを買い込み、
(最初に見ていた価格帯の4倍のものを購入)

 

スピッツの「チェリー」をみっちり3ヶ月かけて練習し、
(超初心者のわたしには、Fのコードの少ないこの曲がぴったりだったんです)

 

いざ「聞いてもらえるチャンスがきた!」と思ったら、

 

彼が、貸して、といって、
先に「チェリー」を弾いてしまった、という。。

 

エピソード的にはなんともいえない余韻があるのですが。。(笑)

 

これがやたら感動されたんですね、
この話をしたお友だちに。

 

どこが感動ポイントだったかは聞かなかったのですが、

その意外なリアクションに、
自分の価値観がアップデートされたことがわかりました。

 

あなたが「楽になる」のが嬉しい!

わたしはいつも羨ましく思っていました。

いわゆる、ひとつの道をきわめている人、を。

 

何かひとつのことを深めて「ことを成している人」ってすごいな、
という価値観を持っていたわたしは、

 

人を応援することばかりに
「時間や労力を惜しみなく投下してしまう自分」のことが
あまり好きではありませんでした。

 

そのため、そういった自分の特性について
無意識のうちに諦めてしまっていて、
「ありのままを見る視座」がなかったんですね。

 

けれども、

そういう「ことを成している人」にだったらすでになれているのかも
(そういうこと→人を応援すること)

 

と、これまで思いつきもしなかったことが
ふっと浮かんだのです。

 

自分でも思いがけなかったことなので、
ちょっとびっくりしてしまいましたが、

 

「すでにやってきていることが成していること」
ということは人を見てきてずっと思ってきたので、
(そのスケールやジャンルはその人ごとにさまざまですが)

ようやく自分自身にも当てはめることができたのかなと感じます。

 

その原点は何だろうな、と思ったときに

「あなたが「楽になる」のが嬉しい!」

とわかって、

 

ひとつのことを深めて「ことを成している人」に
わたしはなれないと思い込んでいる劣等意識も、
不思議なほどすーっとほどけたのです。

 

「受け容れる」と変容する、
の典型を地でやっていたのですね^^

 

「あなたが笑顔になるのなら」

バタフライエフェクトとはちょっと違うかもしれないけれど、

 

「行動することによって現実が変わる」のは、

自分の自信の有無や、
肯定的か否定的か、
利己的か利他的か、

などはおかまいなしなのだな、ということ。

 

つい、そういったことを
「行動する理由(行動しない理由)」にしたり、
批判や称賛の理由にしたりすることが、
一般的にありがちだなと思うのですが、
(もちろんわたしも例外ではなく)

 

本質はそこじゃなかった、

というところがたまらなく面白くて。

 

なので、
ここ数年で、
「人生は実験」といってもいいのではないか、
と思うようにもなりました。

 

どういうことかというと、

 

怖くて動けなくなっているとき
(たとえ無自覚でも、不満な現状に屈しているときは、
なんらかの怖れを抱えていることがほとんどです)

自己保存欲求が働くこともあって、
「必要最低限のこと」だけで生き延びていこうとします。

 

けれども、

怖れに飲み込まれているときでも、
愛に満ち足りているときでも、

行動することによって、
なにかしら得られるものがあるんですよね。

 

この決め手が
(わたしの場合は、ですよ)

「あなたが笑顔になるなら何でもする!」

だったんです。

 

結果、
むちゃくちゃ感動されることもあれば、
かえって苦痛を強いてしまうこともあったり、
上述したエピソードのようにずっこけてしまうこともあったり、

など、

 

通り一遍とはいかない
さまざまなことが起こるのですが、

 

行動の面白さがわかると、
そのひとつひとつが「しあわせ」なんです。

 

はたから見たときにむちゃくちゃでも。
結果が想定とまったく違ったとしても。
(もちろん、思いっきり泣いたり凹んだりもします^^)

 

以前、ダイエットの例で挙げましたが、
風俗で稼ぎながら幸せになる方法。

痩せるためにダイエットをするのではなくて、
「痩せる目的」のためにダイエットをするのですよね。

だから「うまくいく」。

これと同じで、
自分の叶えたいことは
「誰かの力になることによって」叶えられるんです。
あなたがすることは『存在まるごと受け容れること』

 

これまで、
「あなたを笑顔にしたい」というモチベーションは
わたしにとって、

幼少時の家庭環境による、
傷由来のパターンなのだと長らく思ってきたのですが、

 

ものごとは表裏なので、

 

コップに半分のお水を
「まだ半分もある」と思うか
「もう半分しかない」と思うか
と同じように、

パターンの解釈も
「凍りついた空気感を和らげるための苦肉の策だった」とすることもできるし、
「喜びを分かち合いたい」という純粋性とすることもできるんですね。

 

「どう解釈していたいか?」は、
個々人に委ねられるのですが、

それは、もっというと
「どう生きたいか?」ともいえる問いでもあって。

 

引き続き傷ついていたい人は傷つき解釈を選び、
もうその必要がなくなった人は傷つき解釈を手放す。

 

どちらを選んでもいい自由があるのが素敵で。

 

その本質を自由を得た人が
より一層自分の殻を脱いでいくのだろうなぁ~と。

 

そんな自由がいいな、と思った2019年。

また、むちゃくちゃやって、しあわせになろう♡
(やらかしたエピソードできたらまたシェアします)

 

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