失恋をきっかけに風俗の世界へ。

プロフィールの続きです。

プロフィールその1「居場所なんてなかった。元No.1風俗嬢の原点。」を見る

 

男が逃げた!そして風俗の世界は開かれた

『好きになった人が「実は彼女(妻子)持ちだった」と知ったのは、恋に落ちた後のこと』

その後、何度もこのパターンを繰り返すことになる、
一番最初のできごとのこと。

 

恐怖で支配するような「うるさ型の彼女」より、
わたしといる方が楽だったのでしょう。

基本、わたしは父親譲りの
「甘やかすの得意」な過保護タイプ、です。

その彼とは、じゃれ合うように過ごしてきました。
嫌われていた予兆はありませんでした。

そして、唐突に別れはやってきました。

 

連絡がまったく取れない。。

 

本当は、彼は別れたかったのかもしれない、
その可能性をほんの1ミリでも察知していたなら、
もう少しだけうまく”脳内でのつじつま合わせ”ができたのかもしれません。

ですが、あまりにも突然すぎました。
とにかく、何が何だかわからなかった。

責めたり嘆いたりできる相手がいることが
どれほどしあわせなことか、
を実感しました。

 

「大切に想う人から必要とされない」

 

突然訪れた喪失感に途方に暮れ、
行き場のない想いを抱え、
しばらく動けない日が続きました。

 

生きる意味も、その必要も、
わからなくなっていました。

 

これまでに2度ほどお医者さまにかかり、
睡眠導入剤や抗うつ剤などを処方されたことがあります。
(いずれも20代前半のこと)

2度とも
『これ以上飲み続けたら廃人になる』
という危機感から、
自己判断で服用をやめました。
(あなたは真似しないでくださいね^^)

『薬はわたしを救ってはくれない』

それがわたしにとっての答えだったからです。

 

。。。

 

『何か新しいことを!』

『わたしはこのままでいたくない!』

 

そうして手にしたのは、
1枚の新聞の折り込みチラシでした。

水商売の記事に目が留まりました。

強い想いとは裏腹に、すぐには勇気が出なくて、
2週間ほどの間、そのチラシは引き出しの奥へ。

 

改めて取り出して見てみると、
上記とは別の記事に目が行きました。

「お仕事内容はこちらから聞くことができます」

電話をかけると、音声メッセージが流れてきました。

よくわからないなりに、
それは風俗の仕事だということがわかりました。

 

面接はとても独特でした。

いわゆる一般的なアルバイトなどの面接では、
お給料や待遇、具体的な仕事内容の話などに
終始することが多いのではないかと思います。

(大起業への就職経験がないため、
高度な面接についてはわかりません)

面接をしてくださった方は、
とても品のある物腰の柔らかな方でした。
上記のような事務的な話がほとんど無かったことも印象的でした。

つまり、わたしという「人」を見ていたのですね。

 

他愛のない話を1時間くらいした頃でしょうか、

「あなたはとても優しいので、このお仕事に向いていると思いますよ」
「未経験なので、姉妹店のお店でスタートしましょう」

 

面接の時は知らなかったのですが、
面接したお店は高級店でした。

この世界にそれほど偏見を抱かなかったのは、

面接時の、
あたたかみのある雰囲気と、人を大切にする印象、
が心地よかったからです。

その姉妹店である大衆店で、わたしは風俗デビューすることになりました。

 

初の泡姫歴は6ヶ月。必死にお仕事してました

風俗にはいろいろな業態がありますが、
わたしが就いたことがあるのはソープランドのみです。
最後まで読み進めていただけるとわかるのですが、
この世界には2度、出戻っています。
お世話になったお店は3店舗ともソープランド、
店舗グレードも3店舗とも大衆店でした。

 

風俗デビュー初日は、

「今日は、講習後、1人ついてから帰りましょう」

副店長と呼ばれる方の講習を受けるところから始まりました。

 

講習を受けたお部屋は、
昭和の雰囲気満載の4畳半くらいの個室。

小さなタイルで敷き詰められた、
やけに深さのある足が伸ばせない浴槽と、
ぎりぎりマットが敷ける広さの洗い場、
そしてベッド。

必要なものがコンパクトに揃っていることが、
目新しく、衝撃的でした。

 

新しい世界って面白い!

何もかもが新鮮!!

 

。。。

 

“お風呂1’stシーズン”で特に印象的だったのは、
自宅までの送迎。

疲れた身体に、
ゆったりとした後部座席の感触と、
ボーイさんの心配りが、
心からありがたかった。

風俗で働く女の子が、
『姫』とか『嬢』とか言われる所以は
このように丁重に扱われることと関連するのかな、と、

皮張りのシートに身を沈めながら感じたことが
深夜の空気感とともに思い出されます。

このひとときがなかったら、
きっと、もっとすさんでしまってただろうな、
と今でも思います。

 

。。。

 

このお店には、60分と90分、
2つのコースがありました。

「90分は2回、60分は1回しかしなくていいからね」

お店からはそう言われていましたが、

 

60分で入られたお客さまが2回したい
(マットもベッドもしたい)と言えば、
そのご要望にお応えしていました。

90分中、85分しっぱなし、
ということもありました。

 

退出のお時間さえ守っていただければ、
「内容を濃くすること」はいといませんでした。

今思うと、無茶してたな、と思います。

 

殴られたり、
ストーカーされたり、
膣を壊したり、
などはありませんでしたが、

無理は日に日にたたり、
疲労感はどんどん蓄積していきました。

 

お客さまから「こころの処方箋」という本を
いただいたこともありました。

(そのときは、疲労の自覚なく日々駆け抜けていたため、
なぜその本をプレゼントされたのか、
まるで意味がわかっていませんでした)

 

わたしは28歳での遅咲きのデビューだったのですが、
6ヶ月間の在籍中、1度だけ、
生理日以外すべて出勤した月が(26日間)ありました。

そのときはじめてランカーさん(ナンバー3)になったのですが、

『こんなに大変でナンバー3止まりなのだから、
ナンバー1の女の子はいったいどんな無理をしているのだろう?』
と思ったものです。

そして、これまで意識したことがなかった「ナンバー入り」。

これはひそかに嬉しかったですね^^

 

。。。

 

お店が無くなる、という話を聞いたのは、
ちょうどその頃のこと。

箱は無くならないけれど、
その箱は、別のお店のものになる、
(経営者が変わり、これまでのシステムも変わる)
と知らされました。

 

「お客さまをお迎えし一緒に過ごす」

この流れは何ひとつ変わらないのに、
想像以上の働きにくさ、
がなんとも不思議でした。

 

すっかり燃え尽きてしまっていたわたしは、
お店が無くなったタイミングでお風呂をあがり、
あっさり結婚し、そしてあっという間に離婚しました。

 

結婚は、一般的に”しあわせの象徴”といわれていますが、
実際それを手にしてみると、

「自分には何もない」ことが、
いくつもあぶり出されてきました。

・自分がどんな風に存在すればよいのか
・人とどんな風に接すればよいのか
・人との適切な距離感はどのくらいなのか

小さい頃からの疑問(課題)が、
何ひとつ解決していなかったのです。

 

大切な人といてもどこか不安で、寂しくて、
一番信頼したい人にほど信頼できなくて、
ひとりは嫌なのに、ひとりでいると楽、

こんなあんばいでした。

 

それがたまらなく嫌で、
でもどうしたらいいかわからなった。

 

結婚うつ、でした。

 

。。。

 

わたしには生きるための戦略が必要でした。

もちろん、当時にそのような自覚はあるはずもありません。

 

しかし、それは周到に用意されていました。

 

出逢いとできごとは、
「自分の本当の望み」を叶えるために書かれたシナリオです。

その出逢いやできごとは、

「自分に何を気づかせようとしているのか?」

その”気づき”を見つけるのが速くなるほどに、

人生は楽になり、
展開の速さも増していきます。

 

1度目で学ばなかったわたしは、
同じことを繰り返しました。

次は、またも男から逃げられたお話です(笑)

 

「もう風俗なんかで働くな」と言った不倫男は、
お金を貸した瞬間、消え去った

その後、出逢った人も
何年も前から冷え切っているという結婚生活を送っている人でした。

250万ほどあった借金も、

「これで返してきなよ、返済はいつでもいいから」

と言って、気前よく渡したら
まもなくわたしの前から姿を消しました。

 

いつか風俗の経験があると話した際に

「もう風俗なんかで働くな」と言いました。

そう言ってもらえたことが嬉しかったんですね。

逃げられたくせに、
律義に1年ほど「もう風俗なんかで働くな」
を守ってみたりもしました。
(アホですよね^^;)

 

以前働こうと思っていた水商売にトライしてみたのです。

 

けれど、
お酒が飲めない、営業が苦手、
うまいやりとり(嘘の掛け合い)もできない、

しまいには
「ここは風俗か?」というくらい、触りまくる人がいる、
これが一番のストレスでした。

うまくかわすことができない自分にジレンマ。。

 

向き不向きでいうと「向いていない」ということがわかりました。

と同時に、

「お風呂はわたしに向いていたんだな」ということもわかりました。

 

ちょうど1年経った時点で、週1出勤にすることを決めました。

自分の前から消えた人に向けていた無意味な「律義さ」を、
自分自身に向けることができたタイミングでもありました。

 

『今度はわたし自身のために働こう!』

 

自分自身への「律義さ」は、
自分を大切にして生きることと同じなんだな、

そう想いながら、

昔、よくしていただいたボーイさんに連絡を入れました。

 

 

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