「予感」を持って、自分に素直に生きる。

こんにちは。元No.1風俗嬢ゆーきです。

 

あなたはこんなことを
思ったことはありませんか?

 

「ちょっと我慢すればすればいいだけだから」
「とりあえず生きていけてるから問題ない」

 

これは、
一番稼いでいた当時、
意識上には一切のぼることはなかった
わたしの本音です。

 

稼げていたし人気もあったけれど、

 

それとは裏腹な
どこか満たされない感覚と、

 

「満たされているように振る舞っていたかった」
実際味わっている感覚を
「なかったことにする」妥協
が、

 

常にわたしの内側にあったのです。

 

やがてこのバランスは取れなくなります。

 

「本音に気づいてはいけない」
と無視し続けていた、

妥協ばかりしてきた自分自身と
向き合わざるを得なくなるまでに

そう時間はかかりませんでした。

 

長期休暇を経て、
「予感」をもつことができてからは、

我慢の価値観が変わりました。

 

「予感を予感のままにはしておけない」
と思うようになり、

行動が変わりました。

 

今回はこのことについて
お伝えしていきたいと思います。

 

でははじめていきますね。

 

受け身で生きているとき、人は「予感」を持たずに生きている。

自分の「いのち」を使い切るように生きているとき、

その個性は、
誰かをサポートする(補い満たす)ように
自然と生かされています。

 

与える側は、
与えた実感がないままに与えていて、

むしろ、
「与えられた感覚」すら覚えたりしています。

 

自分の「いのち」を使い切るように生きるための
「サポートをいただいている」感覚
になるのですね。

 

与えられた側もまた、
与えられている実感を伴わないことが多いです。

 

けれどもこの場合は、

 

「自分でその選択肢を選んだ」
「余裕がある者がない者に与えるのは当たり前」

 

自己不振や欠乏感ゆえに、

「自分はサポートされるに値する存在」
と肯定したいかのような解釈になりがちです。

 

自分の「いのち」を使い切る生き方ができていないとき、
人は受け身で生きています。

 

毎日を受け身で生きている人は、

「予感」を持って生きることが、

自分の「いのち」を使い切る生き方をしている人よりも、
ずっと少ないはずです。

 

「予感」をもって生きる

  1. 望みを叶えるための仮説、
    「●●すれば○○になるんじゃないか?」
    こういったアイディアが浮かぶこと
  2. それを実践すること
  3. その結果を検証し、
    よりよくなるにはどうすればよいかを考えること

 

「予感」を感じられるかどうかは、
しあわせに生きていくために欠かせない要素、
といってもいいでしょう。

 

「予感」を感じられないのは、
希望を持てない現状があるからです。

 

希望が持てないのは、

『本来の自分』に蓋をして、
やりたくもないことをやって
無理して生きているから。

 

やりたくもないことをやればやるほど、
エネルギーは消耗するばかりです。

 

正常に働くはずの思考も感受性も、
どんどん麻痺して、

「自分にとって何がしあわせなのか」

こういうことが
まるでわからなくなってしまうのです。

 

では、そうなってしまっている場合、
どうすればよいのでしょうか。

 

「いのち」を使い切る、についての関連記事

「時間を奪われている」と感じるとき、そこに人生の課題がある。

 

「予感」があると、人生の選択で迷わなくなる。

自分自身が疲弊してしまっているとき、

「感謝の気持ちを持て」
などと言われても、

それはもう反射的に

「無理」

って思うと思います。

 

感謝の気持ちが湧き上がってくる、だとか、
感謝の意を表明する、だとかは、

とても素敵なことなのですが、

ただ形だけを真似しても
何の意味もありません。

 

物事には順番があるのですね。

 

これはどういうことかというと、

 

コップに水が半分入っているところに
さらに水を注ぎ足していくと、

やがてコップから水があふれ出します。

 

満ち足りた感覚は、
コップからあふれて
はじめて得られるものです。

 

コップにいっぱいになるまでは、
その感覚は得られません。

 

自分というコップが
まだ充分満たされていないのに、

「満ち足りた感覚」や
「感謝」を表現しようとすると、

おかしなことになってしまうので、
注意が必要です。

 

嘘は即バレてしまうものですし、

偽った「自己矛盾のある状態」は、
やがて元の状態に戻されます。

 

ではどうすればいいかというと、

 

与えられているありがたさを感じるよりも、
自己信頼を満たすこと。

これが先決です。

 

満たされていないことを自覚し、
自分自身に「与えてあげる」選択肢を選び、

自分が自分でいる満足を
「他の何よりも自分のために」
味わわせてあげるのです。

これに十分時間と労力をかけてあげます。

 

つまり、自分の好きなことをする、です。

 

これが幼いころからできている人は、
それがありふれたものとして振る舞えているので、

そういう人を目の当たりにすると、
羨望や劣等感を感じたりするかもしれません。

 

けれども、
これを今から取りかかるのであれば、

そのような人を引き合いに出して、
焦ったり落ち込んだりする必要はまったくありません。

 

粛々と、
自分自身を満たしていくことが、

最短・最速で「満たされている自分」になる
近道なのです。

 

「予感」は自分を動かす原動力になる。

自分の興味のあることや好きなことに
意識を向けたり没頭したりということが
自由にできるようになると、

自然と、
未来に可能性を見出せるようになっていきます。

 

「●●すれば○○になるんじゃないか?」

 

それを基に、

「今何をすればよいか」
「何が最善か」
「どんなことが生かせるだろうか」

など、
自分の創造力を活かしながら
生きる毎日に変わっていくのです。

 

そこには迷いはありません。

 

どうすればより最善になるかという
模索はあるのですが、

どう生きていいかわからない
「心もとない感じ」は、
きれいに無くなっていきます。

 

「予感」があると、

  • 自分ですべきことが見出せるようになる
  • 自分にとって必要なアドバイスや提案を、
    取捨選択しやすくなる

など生き方が主体的になります。

 

「間違えても修正すればいい」
「失敗はすべて糧になる」

というしなやかなマインドになるため、

 

  • 人の話を素直に聞ける
  • 愚直に行動できる

などの変化を感じることができます。

 

「予感」を生きると、
こういうことが次々と起こりはじめるのです。

 

素直な自分って
ちょっとこそばゆい感じもするのですが、

いつかどこかに置いてきてしまった
自分を取り戻せたような「心強さ」が、

自分の内側に
ほわっと感じられます。

 

素直ぶったり、
いい人ぶったりして、
「実際はこじれていた自分、とは
まったく違う自分です。

 

もしこれまでそのように生きてきたのであれば、

おそらく最初は、
びっくりするかもしれません^^

 

「予感」をもって生きると、

今がどんな現状であっても、
それを変えていく力が戻ってきます。

 

現状は、
「未来をどうしたいか」に気づかせてくれる
サイン
でしかありません。

 

現状がダメだから未来もダメ、
と考えることもできます。

 

けれども、
サインに甘んじることのない人だけが、

現状はダメだけど、
だからこそ未来は最高にする、

「今を変える行動」を起こして、
「予感」を現実のものにしていきます。

 

 

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